8分の決断——『ハウス・オブ・ダイナマイト』崩れる抑止の前提
- 故島永幸

- 11月4日
- 読了時間: 2分

Netflixで見た映画『ハウス・オブ・ダイナマイト』は、現代の国家安全保障が脆弱な綱渡りである事実を突きつける作品。(以下、ネタバレを含む)
出所不明のICBMがアジアの海から打ち上げられる。はじめは「発射実験」と楽観視するも、直後に軌道が明らかに本土直撃であることが判明する。
迎撃は一発が分離失敗、もう一発も迎撃失敗。追加での迎撃ミサイル発射は、敵の攻撃が継続された場合に備え打てない。 緊張は崩れ、涙ぐむ隊員に、嘔吐する隊員。
着弾推定はシアトル、死者1,000万超、残り8分。
発射国は潜水艦からのため不明。ロシアも中国も関与を否定する。信じる根拠はないが、否定する根拠もない。
報復を正当化できるのか。 誤認なら、こちらが世界を壊す加害者になる。何もしない決断は世論が許すのか。大統領も、補佐官もその判断に決定打を見出せない。
NSCも核戦略司令部も、不可視の敵×逼迫する時間の前で軋む。
映画が暴いた三つの崩落点
抑止の前提の崩落核抑止は「誰が撃ったか」を特定できることを前提に成立する。帰属が不確実になった瞬間、抑止は理論から迷信へと変質する。
人間という最後の脆弱点システムの最終段は人間。極限状況では感情・責任・政治が意思決定を歪める。安全の確保は容易に機能不全に陥る。
時間の独裁8分は、確認・合議・熟慮を許さない。誤検知一つで連鎖的破局が起き得る。時間が理性を奪う。
結論ではなく、問いを残す
核は抑止力と思われて来た。しかし、映画で描かれたものでは、その時「世界を破滅させてしまうボタン」を、人は押す事が出来るのか?その判断を映画を観る者にさえ問いかける。現代における国家安全保障とは、どうあるべきなのか?本当に映画のように核保有が抑止力にはならないのか?
あなたなら、ボタンを押せますか?











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