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AI時代における「写真の真正性」— HasselbladとNikon、2つのニュースから考える




先日、SNSで流れてきた投稿がきっかけで、ある2つのニュースを知りました。ひとつは、Hasselblad Masters 2026のファイナリストからAI生成が疑われる作品が失格になったという話。もうひとつは、Nikon Z6IIIのC2PA(コンテンツ認証)機能に不具合が見つかり、一時停止されたという話です。


たまたま同じタイミングで目にしたこの2つの記事でしたが、根っこにある問題は同じだと感じました。「この1枚は、本当に撮影者が“撮った”ものなのか」という、写真というメディアの信頼そのものが問われているということです。

Hasselblad Masters 2026で何が起きたか

Hasselblad Masters 2026の70名のファイナリストが発表された直後、Streetカテゴリーの1作品がSNS上で「生成AIではないか」と指摘されました。テーブルに置かれたコカ・コーラの瓶の描写に、AI画像特有の不自然さが見られたそうです。Hasselblad側は調査の末、違反を確認し、当該写真家をファイナリストから除外。繰り上がりで新たな作品が選出されました。


70名は内部投票による一次選出段階での出来事とはいえ、世界的な写真コンテストでこうした事案が公になったこと自体、業界にとって大きな出来事だと思います。

Nikon Z6IIIのC2PA機能停止

一方のNikonは、Z6IIIに搭載されたC2PA機能(撮影データの真正性を証明する仕組み)に不具合があることを確認し、サービスを一時停止しました。多重露光モードを使うことで、C2PA署名済みの写真と未署名の写真、極端に言えばAI生成画像までも組み合わせて「認証済み」として出力できてしまう抜け穴があったとのことです。


カメラメーカー自身が真正性を保証する仕組みを作っても、運用次第でそれをすり抜けられてしまう。技術だけでは解決しきれない難しさを、あらためて感じさせられるニュースでした。

撮影者自身の「意識」が問われる時代へ

この2つの記事を読んで強く感じたのは、真正性の担保は、もはやコンテスト主催者やカメラメーカーだけの課題ではないということです。C2PAのような技術的な仕組みは重要ですが、それを過信せず、撮影者自身が「自分の作品がどう撮られ、どう仕上げられたものか」を明確に説明できる状態を保つ意識こそが、これからますます求められていくのではないでしょうか。


私自身、プリントという「完成された1枚」の価値を伝える取り組みをしてきましたが、その価値の前提には「これは確かに撮影者の手による作品である」という信頼があります。AI技術が急速に浸透する今だからこそ、その信頼をどう守り、どう示していくか。撮影者一人ひとりが向き合うべきテーマだと感じています。

C2PAはAdobe主導、カメラメーカーも足並みを揃えつつある

念のため確認したのですが、このC2PAという仕組みは、Adobeが主導する形で2019年にContent Authenticity Initiative(CAI)として発足し、2021年にはArm・BBC・Intel・Microsoft・Truepicらと共にC2PA(Coalition for Content Provenance and Authenticity)として正式に設立されたものです。現在ではSony、Canon、Nikon、Leica、そして2025年にはFujifilmも加わり、主要カメラメーカーの9割以上がすでにこの枠組みに賛同・参加しています。つまり「一部のメーカーの独自機能」ではなく、業界全体で足並みを揃えて進めている真正性保証の取り組みだということです。


だからこそ、今回のNikon Z6IIIのような抜け穴が見つかったことは、C2PA全体の信頼性にも関わる、決して小さくない出来事だと感じています。

いたちごっこの構造、コンピューターウイルスと同じ

C2PAの仕組みそのものは非常によく考えられていますが、電子情報というものは、書き換えや偽装の手口が見つかれば、それを塞ぐ対策が講じられ、また新たな抜け穴が探される……という、コンピューターウイルスとセキュリティソフトの関係とまったく同じ「いたちごっこ」の構造上の問題を抱えています。今回のNikonの一件も、多重露光モードという正規の機能を突いた、いわば「穴」でした。今後も形を変えて、同様の突破が現れることは想像に難しくありません。


技術で塞げる部分は塞ぎ続けるとして、それだけに頼りきることの限界を、私たちは冷静に受け止めておく必要があります。

コンテスト主催者が本当に恐れていること

Hasselbladのようなコンテスト主催者にとって、AI生成作品の混入は単なる「不正エントリー1件」の問題では済みません。もしこうした事案が繰り返されれば、コンテストという仕組みそのものの信頼性が揺らぎ、最悪の場合はコンテストの存続自体が危うくなります。そしてその先にあるのは、写真というアート、そのものの価値の喪失です。「本物の1枚」を評価するという行為が成立しなくなれば、写真表現という文化全体が痩せ細ってしまう。私はそこを危惧しているます。


モラルを持たない一部の人々の行動が、写真という表現の存在そのものを脅かしかねない。真正性の問題は、技術の話であると同時に、私たち撮影者一人ひとりのモラルの話でもあると、あらためて感じています。


みなさま、お気を付け遊ばせ。 Hasselblad Masters 2026関連: https://petapixel.com/2026/05/18/ai-generated-photo-disqualified-from-hasselblad-masters-2026/




写真の真正性
写真に問われる真正性は、これからの写真文化にどう影響をあたえるのか?


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