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「主役になりたくない」結婚式が支持される時代へ


近年の結婚式は大きな転換点を迎えていますが、それを船井総合研究所が記事にしていました。「婚姻数の減少」や「ナシ婚の増加」といった言葉が飛び交うなか、同社ライフイベント支援チームの水島芳将氏が指摘するのは、その背景にあるのが単なる経済的事情ではなく、若年層の『価値観の劇的な変化』だという点です。



かつての「当たり前」が、いまの若者にとっては「違和感」に変わっている。人を撮る仕事をしている私にとって、この指摘は少なからず感じていた違和感かもしれません。現場でときどき感じていたその正体は、もしかするとこれだったのかもしれない。そんなふうに思わせる内容ではありました。



「お決まり」をきらう世代が、本当に求めているもの

水島氏の分析によれば、SNSネイティブのZ世代にとって、結婚式は「人生の晴れ舞台」であると同時に、一歩間違えれば「自己満足の押し付け」や「過度な承認欲求の象徴」と映るリスクをはらんでいるといいます。彼らが挙式をためらう深層心理には、既存の結婚式が作り出す「非日常の定型」そのものへの違和感があるのです。


彼らが重視するのは『自分たちらしい納得感』。たった数時間のためになぜこれほどの準備と費用をかけるのか、なぜ自分たちが主役として注目を浴び続けなければならないのか──こうした問いに、パッケージプランの「割引」で応えても心は動かない。求められているのは、豪華なシャンデリアでも派手な演出でもなく、「自分たちの価値観にうそをつかない、等身大な時間」 だと水島氏は言い切ります。



船井総研が示す、3つのこと

記事のなかで、いま取り組むべきこととして3点が整理されています。

  1. 既存ブランドとの完全分離 — 「等身大」の感覚を損なわないよう、従来の結婚式ブランドとは切り離した別ブランドとして新コンセプトを打ち出す。

  2. プロによるディレクションの再編 — 司会・進行・音楽といったソフト面を削るのではなく、「プロが関わるからこそ自然体でいられる」という安心感を提供する。学園祭のような手作り感と、プロの場面展開を融合させる高度な構成力が求められる。

  3. 顧客インサイトの攻略 — 「目立ちたくない」「ゲストの人数にかたよりがある」など、既存の型ではやりづらい事情を抱える層。「お祝いはしたいけれど従来の式は嫌だ」という矛盾した本音にどこまで寄り添えるかが勝負を分ける。


なかでも水島氏が最重要に挙げるのが3つ目です。市場の50%以上を占めるとされる「ナシ婚層」や多様な背景を持つ層を動かす、唯一の鍵がここにあるとしています。(結局はナシ婚層をどう取り込むか?という考えには異を唱えたいですが)




写真家として思うこと

ここからは、人を撮る仕事を続けてきた私の所感です。

正直に言えば、「主役にならない結婚式」という発想を、私が以前からはっきり感じ取っていたわけではありません。ただ、振り返ってみると、近年は依頼の質が少しずつ変わってきていました。それをそのお客様の個性だと思っていました。また、コロナ禍以降変わってしまった価値観とも思っていました。


その違和感は「自分たちらしく写る」を求めていたのかも知れません。水島氏の言う「等身大」という言葉に出会って、ようやくその正体がわかった気がしました。


その等身大は自然体とも言い換えることが出来ると思います。それならば随分と前から、「自然な感じ」という言葉をお客様は口にされていました。 ただ、現場で思うのは、自然体は放っておいて生まれるものではない、ということです。安心して肩の力を抜いてもらうために、撮る側は場を整え、間合いをはかり、シャッターを切る瞬間を選んでいる。「プロが演出するからこそ生まれる自然体」ということです。引き算に見えて、実は高度な足し算なのかもしれません。

そもそも「披露宴」という言葉自体が、結びついた二人を広く明らかにし、これまで育ててくれた人たちに引き合わせ、紹介する、という意味合いではないのでしょうか?つまり本来の中心にあるのは「二人が注目される」ことではなく、「ここまで支えてくれた方々へ、けじめとして礼をつくし、もてなす」という行為だったのでは・・・。 その文化を、派手な演出で二人を主役に持ち上げる産業としてしまったことが、本来の目的から逸脱していたとも考えられます。結婚式は一周回って、もとに戻りつつあるのかもしれません。


型を押しつけるのではなく、その人らしさにどう寄り添うか。婚礼に関わる方はもちろん、結婚式のかたちに迷っているカップルにも、ぜひ考えてほしいテーマです。



結婚するカップルを温かく包み込む光
結婚というものの本来の在り方が問われているのかもしれない。

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