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デザインはマーケティングの道具ではない。深沢直人さんの言葉に、写真家として深く頷いた。

9月8日
読了時間: 3分


朝刊を読んでいて、手が止まりました。

2026年9月2日付の徳島新聞、文化面に掲載されたデザイナー・深沢直人さんのインタビュー記事です。


縦型携帯電話のINFOBARをはじめ、数々のプロダクトを世に送り出し、ニューヨーク近代美術館(MoMA)に作品が収蔵されている深沢さん。「人と『もの』の関係を考える」「『思わず』の行動を形に」という言葉が、紙面から飛び込んできました。



「デザインはマーケティングの道具ではない」

記事の中で、深沢さんはこんなことをおっしゃっています。

デザインとは、マーケティングの道具ではないと。

この一言に、私は深く頷きました。


デザインの世界でも、写真の世界でも、「売れるものを作る」という発想が先に立つと、本質から遠ざかっていく。消費者が求めているものを調査して、それに合わせて作る。一見、合理的に見えますが、その先には「誰もが似たようなものを作る世界」しか待っていません。


深沢さんが長年向き合ってきたのは、そうではない問いです。人はなぜそのものに手を伸ばすのか。なぜ「思わず」触れたくなるのか。その根っこにある人間の感覚と、ものとの関係を、丁寧に掘り下げてきた人です。



写真も、同じではないか。

私はこの記事を読みながら、写真のことを考えていました。

「売れる写真」と「心に残る写真」は、必ずしも同じではありません。消費者受けするものを後追いして撮り続けることが、果たしてフォトグラファーとしての仕事なのか。以前のブログでも書きましたが、フォトグラファーがクリエイターであるならば消費者の少なくとも半歩先を歩かなければならない。


深沢さんが「デザインはマーケティングの道具ではない」とおっしゃるように、写真もまた、集客のための道具ではないはずです。撮ることで人の心を動かし、その瞬間を永遠に残す・・・それが写真本来の力であるハズです。



「無意識」の中にある、本物。

記事の中でもう一つ印象に残ったのが、「無意識」という言葉です。

深沢さんは、人が無意識に取る行動の中にこそ、デザインのヒントがあると言います。意識して「これが欲しい」と思うものより、気づいたら手が伸びていた——そういうものの方が、人間の本質に近い。


写真も同じだと思います。「これは良い写真だ」と頭で判断する前に、思わず目が止まる。ページをめくった手が、そこで止まる。そういう写真を撮りたいと、私はずっと思っています。



表現者は、ジャンルを超えてつながる。

深沢直人さんはプロダクトデザイナーで、私はフォトグラファーです。扱うものはまったく違います。でも、表現者としての問いは、どこかで深くつながっています。

そのことを、新聞記事が改めて教えてくれました。


掛け軸に装丁した写真作品
徳島と高知の県境にある洞窟、御厨人窟(みくろど)前の空と海

これは弘法大師が修行をなさったと言われる御厨人窟(みくろど)前の空と海を撮ったものです。 弘法大師はその洞窟から見た世界が空と海だけだったことから「空海」と名乗ったと言われます。 修行の果てに悟りを開いた空海には、太平洋の荒波が、穏やかな光に満ちた世界に見えたに違いない。 そう考え、現地でその絵を作りました。私が尊敬してやまない杉本博司さんの海景へのオマージュでもあります。 この掛け軸は、この作品を「すばらしい」といって下さった方に収めさせて頂く為に、掛け軸を提案し作ったものです。プリントはアワガミの楮二層紙を使いピグメントプリントしました。

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