徳島県美馬市。小さな町で起きた、写真業界史上、稀な出来事
8月26日、美馬市で歴史が動いた——と言えば大げさだろうか。
しかし、これだけは言える。
全国的に見ても極めて珍しい試みが、人口26,000人の徳島県美馬市で静かに産声を上げた。その名も「徳島写真業界活性化カンファレンス」。何が珍しいかと言えば、普段は決して交わることのないジャンルの違うフォトグラファーたちが、同じ場所に集まったことだ。
写真館、コマーシャルカメラマン、ビデオグラファー、フリーランスの出張フォトグラファー、報道・・・水と油ほどに違う彼らが、なぜ一堂に会したのか。
当初は徳島県内だけで行うつもりだった。ところが県外からも問い合わせが相次ぎ、気づけば静岡、愛知、広島、鳥取からも参加者が集まっていた。
なぜ、今なのか。
写真業界は今、深刻な信頼危機に瀕している。
どのジャンルにも、経験の浅いアマチュアがプロを名乗って市場に参入し、消費者を被害者にする事態が後を絶たない。「撮影当日にカメラマンが来なかった」「連絡しても既読にもならない」——もはや笑い話では済まない。
今回の開催にあたり、地元で活動するフォトグラファーをSNSでリストアップし、ダイレクトメールで案内を送った。プロフィールには「ご予約・お問い合わせはDMで」と書いてあるにもかかわらず、返信はおろか既読さえつかない。商売の基本以前に、社会の一般常識すら怪しいアカウントが、堂々と営業活動をしている現実がそこにある。
だが、彼らだけが悪いのか。
ここで少し立ち止まって考えてほしい。
新参者に全ての責任を押しつけるのは、正確ではない。長年プロとして活動してきた側にも、力量に差はある。フットワークの軽さという点では、出張系のフォトグラファーに軍配が上がる場面も多い。既存のプロが手薄にしていた空白地帯に、新しいビジネスが生まれた——そう捉えることもできる。
問題は「誰が正しいか」ではない。同じ写真を愛する者どうし、それぞれの強みを認め、生かすことが業界全体の成長に繋がるのではないか。今回のカンファレンスは、そんな問いかけを起点に生まれた。
パネルディスカッションで見えた、意外な実態。
登壇者だけでなく、会場からも次々と声が上がった。
出張系のフォトグラファーからは「学びたいことや知りたいことを、訪ねられる人がいない」という声。コマーシャルカメラマンからは「繁忙期に手伝ってもらえる人がいない」。写真館からは「学校写真などの仕事で人手が足りない」。
需要と供給は、同じ業界の中にすでにあった。ただ、それを繋ぐ仕組みがなかっただけだ。
意見集約の場では、こういった集まりを継続し、学びと情報を共有し続けることが望ましいという点で、全員の意見が一致した。(たぶん)
継続には、仕組みが必要だ。
しかし、活動を継続するには資金がいる。今回は美馬市の後援を得て、講師も運営もすべて手弁当でなんとか成立した。次回以降も同じようにはいかない。
では、どうするか。
議論の中から出てきたのが、既存の徳島写真師会(写真館の集まり)に、より広い役割を担ってもらえないかという提案だ。会長の東埜さんはすでに「写真館に限定せず、扉を開いて誰でも入れるように変えた」と動いていた。今回の流れを、先読みしていたかのように。
「自分さえよければいい」の果てに。
業界がここまで荒廃した根本的な原因は何か。
私はひとつの言葉で説明できると思っている。「自分さえよければいい」という思想の蔓延だ。
サッカー日本代表の森保一監督は、試合前に国歌が流れるたびに涙を流す。応援してくれている人たちを思って、だ。それがチームを突き動かす原動力になる。かつて日本が世界に誇れた時代、この国を支えたのは「人のために生きる」という精神を持った人たちだった。
学校では「あなたが大切」と人権を叫ぶ。しかし、自分のためだけに生きることの、なんと空しいことか。何をやっても自分のため、だから壁にぶつかったとき簡単に諦められる。だが人のためなら、そう簡単には諦められない。人のために生きるとき、人生は初めて輝きを帯びる。
ノブレス・オブリージュ。
人の幸福を願ってシャッターを切れるフォトグラファーたらんことを。
今回のカンファレンスは、バラバラだった者たちが初めて一つになろうとした、小さいが大きな第一歩だった。あとは、個々が自分にできることを考え、行動を起こすだけだ。
……などと百田尚樹調で書いている当の本人、今朝起きたら首が痛くて上を向けない。借金で首が回らないとはよく言うが。ほっといてくれー。隣の犬が笑っている。w





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