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技術は誰かのために——時差とメールが教えてくれたこと


朝いちばん、私はメールから一日を始めます。相手はアメリカのメーカーさん。こちらの朝は向こうの夜。お互いの生活リズムは違うのに、実はその“ズレ”が私にはちょうどいい。先方が休んでいるあいだに、英語の要点を丁寧に読み解き、日本語で自分の言葉に置き換え、AIを活用して必要なだけ英訳を整える。送信ボタンは十分に文章を確認してからおします。


翌朝の彼らが再びメールを開く頃には、ある程度返事も予測できるので、仕事も早く終えられます。時差は、焦りを薄め、思考に余白をくれる存在です。

英語は得意ではありません。それでも、私をビジネスパートナーに選んでもらえるのは、コンペで培った視点と、現場を知っているからでしょう。



寒い冬を耐える小枝も、一冬ごとに強くなります
寒い冬を耐える小枝も、一冬ごとに強くなります

私はフォトグラファーになったときから、「人の役に立ちたい」という気持ちだけは変わりません。

フォトグラファーは「撮る、整える、仕上げる」——この一連の作業の繰り返しです。

しかし、この繰り返しの中に、誰しも「迷い」や「効率」という悩みを抱えています。

手間や迷いを少しでも減らせたら、生まれた時間をよりよい写真をつくるための時間にできます。それが今、私が手伝っているプロジェクトことの目的です。

肩書きや受賞歴は、私にとって世話になった人や先人達への恩返し。目的はいつだって、誰かの役に立つことです。



来月は、セミナーや小学校での講演があります。どちらにも共通して込めたい気持ちがあります。ひとつは、「続ける」ということ。うまくいかない日があっても、深呼吸をしてもう一度立ち上がる。その反復の中で、人は少しずつ強く、優しくなれる。もうひとつは、「技術は誰かのためにある」ということ。自分のためだけの上達は、ある地点で足踏みします。誰かの役に立ちたいと思った瞬間に、技術は方向を持つ。方向を持った技術は、迷いを減らし、周りの人を少しだけ笑顔にする力になる。私はそれを信じています。



この数年、ありがたいことに国境をまたぐ仕事が来る様になりました。遠くの相手とやり取りをしながら、私はむしろ“足元”を意識するようになりました。私が立っているのは、徳島の小さな街の、写真館の現場です。ここで起きる困りごとや小さな発見は、実は世界のどこかの現場とも地続きかもしれない。遠くと近く、英語と日本語、デジタルとプリント——それらの橋渡しをするのが、いまの私の役割だと感じています。



何かを発明したい訳ではありません。現場に寄り添い、心のドアを開いて差し上げる。またそれとは別に、私の信念を形にして作品にする。写真は人を幸せにできる——そう信じる私にとって、これ以上のご褒美はありません。


今日の朝も、メールから一日を始めます。



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