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杉本博司「絶滅写真」展レポート|銀塩写真の終焉と「CAUSE YOU DON'T LOVE ME ANYMORE」の真意



私が最も尊敬するアーティスト——杉本博司「絶滅写真」|東京国立近代美術館

美術展のはしご、2つ目はピカソ展からそのまま向かった竹橋、東京国立近代美術館。現在開催中の「杉本博司 絶滅写真」です。

杉本博司は、私が誰よりも尊敬してやまないアーティスト。



「絶滅」という枕詞

展覧会のタイトルは「絶滅写真」。英語では 「EXTINCTION」とだけ書かれています

そしてサブタイトルとも言えるメッセージ、"CAUSE YOU DON'T LOVE ME ANYMORE"が販売されているTシャツに書かれていました

これが実に杉本博司らしい。直訳すれば「あなたがもう私を愛してくれないから」。「絶滅」という重く哲学的な主題に、ポップスの失恋の一節のような言葉を添える。これはブルースやロックの歌詞でよく使われるフレーズで、捨てられた者の嘆きを歌ったものです。しかも、誰もが見逃してしまう演出で・・・。


日本語タイトルは「絶滅写真」とだけあって、このメッセージは表に出てきません。英語で見れば、銀塩写真が「あなたがもう愛してくれないから」私は逝きます。というブラックユーモア。それが日本語では「絶滅写真」という静かな四文字に収まっている。この落差こそが、実に意味深長です。


英語圏の観客には恋愛ソングの語感で少し笑わせておいて、その実、写真というメディアの死への挽歌を歌っている。日本語では、ただ静かに「絶滅」という言葉だけを突きつける。同じ展覧会が、言語によって異なる表情を持つのです。



落語的なステートメント

杉本博司は子供の頃、近所の寄席に足繁く通ったといいます。その影響は、彼のステートメントに色濃く滲んでいます。必ず最後に「オチ」がある。

今回の「CAUSE YOU DON'T LOVE ME ANYMORE」もまさにそれです。「絶滅」という重大な主題を語りながら、最後にそっと切れ味鋭いユーモアを滑り込ませる。しかしそのオチは、誰にでも分かるほど低いレベルではありません。英語圏のポピュラーソングの語感、写真史への造詣、そして失われゆくものへ別れを惜しむ・・・それらが重なったところに初めて「分かる」仕掛けになっています。


このレベルのアーティストは、ステートメントそのもので観客を魅了します。作品を見る前から、すでに言葉で世界を作り上げているのです。ただし、教養や知識がないと、その仕掛けは素通りしてしまう。彼はそれを、「落とし穴」と表現しています。



海景シリーズの新作に驚く

今回の展示で特筆したいのは、〈海景〉シリーズの新作が展示されていたことです。

実は以前、杉本氏自身がおっしゃっていました。「海景に使っていた現像液が手に入らなくなったので、もうあのシリーズは作れない」と。それだけに、今回の新作展示は驚きでした。おそらく、長い時間をかけて調合を研究し、なんとか再現にこぎ着けたのでしょう。銀塩写真の技法が「絶滅の危機に瀕している」という展覧会の主題と、その薬品問題は、見事に重なり合います。



杉本ファンとしての、正直なところ

ただ、長年の杉本ファンとして正直に言えば、少し物足りなさも感じました。

近年の彼の展覧会では、長年蒐集してきた古美術品や骨董品を、ときには本歌取りの元となった作品との比較展示を作品世界に組み込み、それ自体が「オチ」として楽しめました。ただの写真展ではなく、空間そのものが杉本博司のステートメントになっているような、彼の懐の深さを楽しめました。

今回は「絶滅」という言葉を枕に、銀塩写真だけで構成された展覧会。(2点、彫刻もありましたが)テーマとしての純度は高く、骨太です。しかし古美術品との化学反応が生まれる余地は少なく、杉本ファンとしては「もう一段、何かあってほしかった」という気持ちも正直ありました。しかし、冒頭書いた英語のみで作ったオチに関しては、「恐れ入りました」というしかありません。


銀塩写真は、確かに絶滅の危機に瀕しています。デジタルが圧倒した今、その技法を頂点まで極め、さらに「絶滅」という言葉を自ら引き受けて展覧会タイトルにしてしまう。それ自体が、杉本博司というアーティストの凄みだと思います。

「あなたがもう愛してくれないから」。その言葉の向こうに、失われゆく写真への深い愛がひしひしと感じられます。


「杉本博司 絶滅写真」 会期:2026年6月16日(火)〜9月13日(日) 会場:東京国立近代美術館 1F企画展ギャラリー(東京・竹橋) 公式サイト:https://www.momat.go.jp/exhibitions/569



杉本博司 絶滅写真
最初にMOMAに持ち込み、買われたジオラマシリーズ。普通は絶対に撮らない対象。



杉本博司 絶滅写真
劇場シリーズを始めて見た時の衝撃は今もかわらない。しかし、その劇場は絶滅してしまった。



杉本博司 絶滅写真
華厳の滝、日本の原風景。絶滅させてはいけないものが、そこにはある。



杉本博司 絶滅写真
古代の人と同じ光景を現代人も見ることはできるか。それは「海と空」しか残って無いことを文明の発達ととるか、失われた自然ととるか。そんな問いをつきつけられている気もする。



杉本博司 絶滅写真
今は亡き、ワールドトレードセンター。杉本はあの同時多発テロを自信の眼で見ている。



杉本博司 絶滅写真
数理模型を現代の掘削技術で精巧に作った彫刻。そこにあるのは、杉本の思考だけで、掘ったのは機械。



杉本博司 絶滅写真
東大の数理模型や、モードを身にまとうマネキン。彼の対象はいつも誰かの作品。マルセル・デュシャンのレディメイドが彼の流儀。



杉本博司 絶滅写真
マダムタッソーの蝋人形を作品としてしまう、発想こそが杉本という人物のスケール感。



杉本博司 絶滅写真
ライティングの妙。フォトグラファーとして必須である技術は持ち合わせてなければ、撮れない。



杉本博司 絶滅写真
タルボットは発明したカメラを発表せずに、研究していたのが電磁誘導。ゆえに、ダゲールに先を越されてしまった。杉本はそれを引き継ぎ作品に。

 
 
 

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