写真に「流行」はあるのか?500年変わらない美の本質とフォトグラファーの矜持
- 故島永幸

- 6 日前
- 読了時間: 4分
写真に流行はあるのか?——フォトグラファーとして問い続けてきたこと
友人の同年代フォトグラファーが、こんなことをSNSに書いていました。
「若い人と話して、写真の流行や動向を教えてもらった。疎くなってるので勉強しなきゃ。」
読んで、少し考えました。はたして、写真に流行はあるのでしょうか。あったとして、フォトグラファーはそれを追う必要があるのでしょうか。書いたご本人は「本質は変わらないと思う」と締めくくっていらっしゃいましたが・・・私も、まったく同じ考えです。
悪戦苦闘の中で気づいたこと
私は長年、世界の写真家たちと国際コンペで競ってきました。
最初は、思ったように評価されない日々が続きました。どう表現すれば伝わるのか。高く評価された作品と自分の作品を見比べながら、悪戦苦闘していました。
そのうちに、「もしかして……」と感じることがありました。確証はありませんでしたが、それを信じて実行した結果、WPPIで1位と3位を取ることができました。
その経験からさらに追求していく中で、ひとつの確信を得ました。
写真も美術(アート)も、ルネサンス以降500年、本質は何も変わっていない。
いえ、ルネサンス自体がギリシア・ローマの復興運動ですから、古代から変わっていないとも言えます。
村上隆とベルサイユ宮殿が教えてくれること
現代アートの申し子ともいえる村上隆さんの作品を見てください。
一見すると、大きなフィギュア、カラフルなキャラクター・・・正に現代的です。しかし、それらは西洋美術の系譜にしっかりと沿ったもの。だからこそ、海外であれほどの評価を受け、フランスのベルサイユ宮殿で個展が開けてしまうのです。
現代的な見た目をまとっていても、その骨格は500年前から続く美の法則で組み立てられている。これは写真においても、まったく同じことが言えます。
今年のWPC(World Photographic Cup)の上位作品を見れば、それは一目瞭然です。トップに残った作品はことごとく、西洋美術の流れに沿っています。「流行」などというものは、そこには存在していません。
「お客様が求めるものを売る」は本当に正解か
ビジネスの世界でよく言われることがあります。「お客様が求めるものを売る」。
経済・経営の観点では、これは正解です。しかし、フォトグラファーとして考えると、もう一歩踏み込まなければならないことがあると考えます。
そのお客様は、10年後もその写真を誇りに思えるでしょうか。
経験はありませんか? 流行りのファッションを買ったけれど、翌年にはもう着られない・・・そんな感覚を。もちろん「流行の最前線を歩くんだ」というお客様も当然いらっしゃいます。それはそれで、ひとつの選択です。
問いたいのは、私たちフォトグラファー自身が、無意識に顧客を流行へ誘っていないか、ということです。
私たちは時に、顧客をアドバイスする立場でもあります。そのことを、忘れてはいけないと思います。
フォトグラファーの本質とは何か
ものづくりをする人間として、考えなければならないことが2つあります。
1つめは、顧客への説明責任。 自分たちが何を提供しているのかを、顧客に明確に伝えられているか。賞味期限の短いものを届けているのか、長く愛され続けるものを届けているのか。その違いを、自分自身が理解した上で仕事をしているか。
2つめは、作り手としての矜持。 何も考えず、ただ流行に乗り、人と同じものを作り続けることを、どう受け止めるのか。はじめてカメラを手にしたときの、あの高揚感。プロとしてやっていくことを決めたときの思い。それらはきっと、流行を追うこととは、真逆のところにあったはずです。
職人としてフォトグラファーという本質であり続けるのか。経営者という経済人に徹するのか。どちらかに偏るのではなく、そのバランスを意識し続けることこそが、フォトグラファーに求められるものではないでしょうか。
おわりに
流行を知ることは、悪いことではありません。時代を読む目は、必要です。
ただ、流行に流されること。流行を理解した上で選択すること。そして流行の半歩先を歩くことは、まったく別の話です。
500年変わらない美の法則を軸に持ちながら、時代と対話する。それが、長く第一線に立ち続けるフォトグラファーの姿だと、私は信じています。
……そんなことを考えながら、ZOZOで次の洋服を見ています(笑)
追伸 PHOTONEXT2026は6/16(火),17(水)パシフィコ横浜。私は両日ともに登壇しますが、16(火)13:20〜のステージBでの登壇で、現像レタッチの着地点として、この美術のセオリーについてもお話しします。来られる方は、是非お集まり下さい。




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